2017.04.20

夢で貴方の名を呼んだ

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今彼と付き合うようになって半年とちょっとが経った。

ひまわり畑に連れて行ってもらったあの日から、いろんな場所に連れて行ってもらうようになった。

たくさんの花と、たくさんの景色を見た。たくさんの写真を撮り、たくさん笑った。

たくさんの言葉をもらい、たくさんの愛を注がれて、心の中が満たされていっているのがわかるようになった。

これからも、たくさんの場所へ行こうと言ってくれる貴方の腕の中があたたかい。

どうしても日取りが合わなくて、一緒に見ることが叶わなかった今年の桜。

白い光の中で、貴方が笑っている夢を見た。

「今度は一緒に見に行こうな」

これからの、ずっと先のことを話してくれる貴方の心があたたかい。

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2017.04.19

変わらないもの

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ブログというサイト形態が流行った最盛期から、もう何年が立っただろう。
私が初めてブログを立ち上げたのは中学生ぐらいの頃だったろうか。
十代前半だった私は、いつの間にか24歳になった。ここのブログを立ち上げてからも7年が経っている。
前の更新をしたのが11月、コスモスの咲いていた時期だ。
いつの間にか今年の桜も散ってしまった。
久々に暇ができたので、購読していたブログを徘徊しようとキャリアを開いたら、
いつも開いていたルートのリンクが消えていて一瞬愕然とした。
「え?いつもここにつながっていた人たちはどこへ行ったの?」
サイトリニューアルだった。結局は、自分の勘違いで、元のリンクは見つかった。
けど、いつの間にか、キャリアサイトは心なしかこじんまりしているように感じた。
ラインにツイッター、フェイスブックにインスタグラム...etc
今はそれすらも古くて、今は次から次へと、新しい方法で、人々は互いにつながっている。
ブログはいつか、消えてしまうのかな?
ネットコミュ障の私は、結局、ブログをしていても、リアルで会うような仲になれた人はできなかった。
ただただ、一方的に眺めていただけだった。
かけられる言葉すらも痛くて、はねのけてしまっていた。
けど、心の荒れた思春期に、出会った人、励まされた写真はいくつかある。
それらが、いつのまにか、記憶の中だけに消えていってしまうのは、
自分勝手だけども、やはり、さみしいのだと感じてしまう。
あの時、メールアドレスくらい、聞いておけばよかったかな。
すでにもう、記憶の彼方にしかないサイトはたくさんある。顔さえ知らない人はたくさんいる。
いつもいつも、その時々に出会う人々を大切にしようと思いながら、
やっぱりどこか、近づくのか怖くて、親しくなれなかった人は現実にだって多い。
それでも親しくなれた友人たちさえ、ひとりひとり、消えて行ってしまうさみしさは、
人生、ずっと共にしていかなければならないものなのだろうか。
今日しゃべっていた友だちと、それっきりになることだって、結構ある。
私が、ブログの更新をほっぽったように、
ひとはそれぞれ、自分の生活の変化に伴いながら、その時々を生きているんだろう。
きっと、自分がいなくても、それぞれの人生を生きているんだろう。
私もきっと生きていくんだろう。
ずっといつまでも近くにいて、一緒なんてものは、そうそうない。
―― 時が過ぎていく。
毎年3月4月の変わり目に咲いていた桜さえ、今年はうまく咲かなかった。
桜の咲かなくなる日も来るのだろうか。
変わらないでと思うのは、傲慢なことだろうか。

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2016.11.19

日常のそばで

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2016.11.17

あの日の花畑

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もっと深いタイトルがつけたい。

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2016.11.11

舞い踊るように

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2016.11.08

共に歩く

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2016.09.08

夏の朝に

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2016.08.31

君を記憶に描いて

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夏の終わりの最後の最後に、ひまわり畑に連れてってもらった。
ほんとはもっと夏の花が撮りたくてうずうずしてはいたのだけれど、
なかなか、カメラをもって外に出かける機会に恵まれなくて、
ちょっぴりしょんぼりしていたころに話が舞い込んできた。
前日の台風の陽気に、当日は快晴で、まさに夏と言わんばかりの硬い光だった。
緑の田んぼと、黄色の花の咲くひまわり畑。
真っ青な空に、まっさらな雲。
近くには川も流れ、セミも鳴き、トンボが飛んでいるのを眺めたりもした。
くだらない冗談を言い合いながら、私がカメラの話をしたりして、
少し移動して、近くの古風な街並みの観光地を散歩してきた。
ポケモンGOをやりながら、見つけたカフェでお茶して、
通りかかりの土産物店で、和紙で包まれた小さなマグネットを買ってもらった。
ああ、こっそり、こんな時間がずっと続けばいいのにって思った。

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2016.07.11

煌めきと優しさと逞しさと

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土井宏紀という作曲家が手掛けた、12年ほど前のNHKスペシャル「地球大進化」のサウンドトラックが
お気に入りの棚に収められている。
進化論を扱った、6編だったか7編だったかのスペシャルだった。
当時最新のCGを駆使して再現された、46億年の地球と生命の歴史。
(それも、10年ごとくらいに最新版が放映されるもので、去年かそこらにも新しいものが放送されていたらしい。)
放映当時の私は小学5,6年生というところだったのだけれど、
そのころの私はえらく理科っ子で、生物進化論というのに心を奪われてならなかった。
まだまだDVDやHDDの普及しないころ、
熱心に放送を待ち構えてはVHSの録画ボタンに神経をとがらせていた。
サウンドトラックを買ったのは随分後だったけれど、このスペシャルの劇判がすごくよくて、
今も心の中に刻まれている。
昔付き合った(ちょっと音楽をかじったインテリっぽい)男性には“いかにもNHKっぽい”と笑われてしまったけれど、
人間、何かしらのルーツと愛着を持っているものがあるからこそその人個人たりうるのだと思う。
キラキラとした、儚いけれど、逞しくて、美しい、脈々と受け継がれてきた命のリレーを、
静かに感じられるようなそんなエンディングテーマ。
中には荒ぶる地球とか、忍び寄る危機とか、立ち込める暗黒の時代とか、
そんな感じの物騒で物々しい曲目もあるのだけれど、
そんな中で、如何にして私たちの“ご先祖様”が生きて、生き抜いてきたのかを振り返らせる曲たちが
とても美しくて、愛おしいと思う。
多分、きっと地球はずっと、いつでも美しかったのだと思う。
遠い命の記憶の彼方、私たちの“意識”が生まれる、ずっと前から。
アニメが好きでよくサウンドトラックを買っている。
菅野よう子がカッコいいものだから気に入ってよく聞くけれど、
そういうのとはちょっと違って、大事にしている盤がいくつかある。
写真を撮るとき、ブログに載せるとき、
本当はバックグラウンドに流してみたいような曲がいくらかあるのだけれど、
一応、作者にも敬意を払ってそういうことはしないようにしてる。
ついでに、リンクを貼るもの好きじゃないから、自分の心に留めておくことで終わってしまうことが多いのだけれど、
たまには、おすすめなんかもしてみようかと思う。

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オリジナル・サウンドトラック「地球大進化~46億年・人類への旅」
~ 土井宏紀
固定リンク:http://www.amazon.co.jp/dp/B00512GUV0

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Amazonさんで、2,860円。試聴もできるので、ぜひ。
心の中に流れているメロディーなんてものがある。
時にはしっとり、時には優しく、時には激しく愛を込めたりなんかして。
暗がりの中にいる私と、光の中に溶けていくような私。
いろいろあるけど、その一つ一つの全部が、私をつくっている。

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2016.07.06

書斎の風

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