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2017.04.19

変わらないもの

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ブログというサイト形態が流行った最盛期から、もう何年が立っただろう。
私が初めてブログを立ち上げたのは中学生ぐらいの頃だったろうか。
十代前半だった私は、いつの間にか24歳になった。ここのブログを立ち上げてからも7年が経っている。
前の更新をしたのが11月、コスモスの咲いていた時期だ。
いつの間にか今年の桜も散ってしまった。
久々に暇ができたので、購読していたブログを徘徊しようとキャリアを開いたら、
いつも開いていたルートのリンクが消えていて一瞬愕然とした。
「え?いつもここにつながっていた人たちはどこへ行ったの?」
サイトリニューアルだった。結局は、自分の勘違いで、元のリンクは見つかった。
けど、いつの間にか、キャリアサイトは心なしかこじんまりしているように感じた。
ラインにツイッター、フェイスブックにインスタグラム...etc
今はそれすらも古くて、今は次から次へと、新しい方法で、人々は互いにつながっている。
ブログはいつか、消えてしまうのかな?
ネットコミュ障の私は、結局、ブログをしていても、リアルで会うような仲になれた人はできなかった。
ただただ、一方的に眺めていただけだった。
かけられる言葉すらも痛くて、はねのけてしまっていた。
けど、心の荒れた思春期に、出会った人、励まされた写真はいくつかある。
それらが、いつのまにか、記憶の中だけに消えていってしまうのは、
自分勝手だけども、やはり、さみしいのだと感じてしまう。
あの時、メールアドレスくらい、聞いておけばよかったかな。
すでにもう、記憶の彼方にしかないサイトはたくさんある。顔さえ知らない人はたくさんいる。
いつもいつも、その時々に出会う人々を大切にしようと思いながら、
やっぱりどこか、近づくのか怖くて、親しくなれなかった人は現実にだって多い。
それでも親しくなれた友人たちさえ、ひとりひとり、消えて行ってしまうさみしさは、
人生、ずっと共にしていかなければならないものなのだろうか。
今日しゃべっていた友だちと、それっきりになることだって、結構ある。
私が、ブログの更新をほっぽったように、
ひとはそれぞれ、自分の生活の変化に伴いながら、その時々を生きているんだろう。
きっと、自分がいなくても、それぞれの人生を生きているんだろう。
私もきっと生きていくんだろう。
ずっといつまでも近くにいて、一緒なんてものは、そうそうない。
―― 時が過ぎていく。
毎年3月4月の変わり目に咲いていた桜さえ、今年はうまく咲かなかった。
桜の咲かなくなる日も来るのだろうか。
変わらないでと思うのは、傲慢なことだろうか。

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